Top

交野の何気ない景色を記録して行きます。何時か誰かの思い出に届くことを祈って・・・
by ★のまち 573
カテゴリ
全体
青山
天野が原
幾野
梅が枝
私市
私市山手
私部
私部西
私部南
倉治
郡津
神宮寺

寺南野
南星台
東倉治
藤が尾
傍示
星田
星田山手
星田西
星田北
松塚
妙見坂
妙見東
向井田

森南
森北
モノクロ写真
お知らせ
タグ
(1149)
(1145)
(755)
(112)
(100)
(71)
(43)
(25)
(15)
(7)
(6)
(5)
(4)
☆使用機材☆
Nikon D300
Nikon COOLPIX L26
Nikon COOLPIX P7700
OLYMPUS EP1-s
OLYMPUS E-PL5
RICOH CX1
PENTAX Optio H90
PENTAX K-20D
FUJIFILM X100
iPhone 6
以前の記事
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
その他のジャンル
"WD-Lazycat1" Skin by
Animal Skin
<   2013年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧
Top▲ |
郡津神社
e0325069_223199.jpg
その創建は詳らかではないが、もと郡津一の宮といわれ、白鳳時代に当地に置かれた交野郡衙の郡司により創建されたと言われる長宝寺と共に、神仏習合の形で栄えていた。
 1960年に境内から白鳳期の単弁丸軒瓦が発見され、火を受けた鎌倉期に瓦片の存在から、長宝寺はこの時期に焼失、廃寺になったものと思われ、一の宮がこの地の氏神として祀られていたと思われる。
 明治時代の神社の統廃合の際、周辺の神社の神々が合祀され、名も郡津神社と改められ、現在に至っている。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-30 22:05 | 郡津
二月堂燈篭
e0325069_20551666.jpg
1837年に二月堂の講中によって立てられたものです。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-29 20:58 | 倉治
板壁の道
e0325069_1551161.jpg

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-27 15:51 | 倉治
春の景色
e0325069_20591656.jpg

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-26 21:00 | 星田
札之辻橋
e0325069_20345211.jpg
山根街道 札之辻橋
この辺りには、私部の三つのお寺も集まり、東西からの道も合流し代官屋敷方面へ通じており、当時は
人が集まる場所で有った為、高札場があった所と言われている。
そのためか、橋の名前は札之辻橋と言う名前である、現在も市役所や保育園、小学校が近くに有り
人が多く通る道である。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-25 20:40 | 私部
天田神社
e0325069_2173629.jpg

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-24 21:07 | 私市
代官屋敷
e0325069_21285019.jpg
地元では代官屋敷と呼ばれているこの住宅は、宝永から享保年間(1708~1734)にかけて主屋が建てられています。建てられた当初は茅葺き屋根でしたが、寛政8・9年(1796・7)に本瓦葺きに葺き替えられ、昭和59年からの保存修理工事で茅葺形銅板葺となりました。
 間取りの最大の特色は上手の前面に突出した角屋をもつことで、その遺例は最古で、中でも立派な長屋門は、天保14年(1843)に建てられたもので、長さ55.9mもあり民家では日本一の長さです。
 そのほか、乾蔵(1722に建築)、北蔵(1785に建築)があって、北と西側は土塀で囲われています。北方土塀が裏門を除いて59m、屋敷西方の土塀が33mあり合計92mあります。

写真右が代官屋敷の北土塀です。
昭和54年に国の重要文化財に指定されました。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-23 21:33 | 私部
椿
e0325069_19255534.jpg
わが門の片山椿まこと汝、わが手触れなな土に落ちもかも
                              物部廣足

民家の木の陰に美しく椿が咲いていました。
板壁と良く似合います。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-22 19:29 |
春うらら
e0325069_2062958.jpg
たんぽぽが春風に気持ち良く揺れていました。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-21 20:08 | 星田北
蔵の有る道
e0325069_18553867.jpg
磐船街道に程近い私市の町、街道沿いでは無いため、豪農の屋敷が残って居ると思われます。
京街道の枚方宿にも程近く、開けた農村であった事でしょう。当時中心は稲作であったが、綿・菜種・麦・煙草などの換金作物が栽培されていたと言う記録もあります。
立派な、門構えの入り母屋造り・板塀・白漆喰の重厚な建物が連なって居ます。

[PR]
Top▲ | by hosinomachi573 | 2013-04-20 19:02 | 私市
| ページトップ |